「現代サッカーを語る上で外せないチームをひとつ挙げよ」と言われれば、私は迷わず「1974年ワールドカップのオランダ代表」と答えるし、 これに同意してくれるサッカーファンの方も多いと思う。 特に1974年ワールドカップの第2ラウンドでのオランダ−ブラジル戦は衝撃的だった。 “王様”ペレが引退したとはいえ、この頃も「サッカー大国」として名を馳せていたブラジル代表が、 名将リヌス・ミケルス率いるオランダの術中に嵌り、 「ボール狩り」の“餌食”となり、 「オフサイドトラップ」に面白いように引っかかる。 それに引っかかるまいとブラジルも対応するが、オランダはさらにそのブラジルに適応する。 ポジションに縛られない、まさにスペクタクルなサッカーを体現したオランダ代表。 今だと“一発レッド”に値するような反則がオランダにも見られるからブラジルにも情状酌量の余地はあるが、 それらも含めて結局は“術中”に嵌ったブラジル代表の選手たちの歯痒さ、苛立ちが、映像を通してもよく分かる。 今まで数々のサッカーの試合を見てきたが、これほどの試合は今までもない。 ヨハン・クライフが挙げた2点目のジャンピング・ダイレクト・ボレーは、彼の愛称のひとつである「フライング・ダッチマン」(この愛称はリヒャルト・ワーグナーの楽劇「さまよえるオランダ人(Der fliegende Holländer)」に由来するそうだ。)のもととなった。 今でも『Number DVD』として1試合丸ごと映像として残っているので、 一見の価値がある。 そしてこのときのオランダ代表が具現化した戦術に「トータルフットボール」という名前が付けられた。 この言葉は今でも多くのサッカー指導者が用いているし、現代サッカーの戦術もここから派生したものが主流となっている。 前置きが長くなったが、この『サッカー戦術クロニクル』では副題である「トータルフットボール」をキーワードに、 現代サッカーの戦術の変遷を振り返っている。 まず「原点」である「1974年」から始まって、その「潮流」である'90年代のミランとバルセロナ、さらには「現代」におけるチェルシーでのモウリーニョやその他のビッククラブ、 そしてこの流れに「対抗」した、ブラジルやアルゼンチン、クラブシーンでの“ギャラクティコ”レアル・マドリーの動き、最後に「トータルフットボール」の「源流」ともいえる’30年代のオーストリアや’50年代のハンガリーで締めくくられている。 この1冊で現代サッカーの潮流を掴むことができると言っても過言ではない。 それくらい本書の内容はコンパクトにまとめられている。 第二次世界大戦前のサッカー事情もよくわかったし、サッカーの母国・イングランドが「ワールドカップ優勝1回」の理由もわかった。 著者の西部謙司さんはフリーランスのサッカー・ジャーナリストで、私も愛読している『Sports Graphic Number』誌にもよく記事を寄稿されている。 2004年の中国で行なわれ“日本バッシング”の中で日本が優勝したアジアカップと、大波乱の連続で伏兵ギリシャが優勝したユーロ2004をまとめた『Game of People―アジアカップ&ユーロ2004超観戦記』を以前に読んだことがあり、 よくサッカーを知っているライターだなぁ、という印象があった。 以前、杉山茂樹さんの『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』を紹介したことがある。 この本は副題の「サッカーを戦術から理解する」がテーマになった本で、 特にここ10年ほどの試合をサンプルとして、戦術的な解説をふんだんに盛り込んでいた。 特に21世紀からサッカーを好きになった人たちには読んでほしいし、映像があればそれも見ながらこの本を読むといいと思う。 その『4-2-3-1 サッカーを戦術から理解する』を読んだ後に、「戦術についてもっと深く知りたい」と思うなら、この『サッカー戦術クロニクル』は最適な一冊だろうと思う。 ![]() ![]() ![]() |
| << 前記事(2008/10/19) | ブログのトップへ | 後記事(2008/10/21) >> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
ヨハン・クライフ率いるカタルーニャ州選抜
興味深い親善試合が行われました。 ...続きを見る |
「和して同ぜず」「主体変容」 2009/12/24 01:00 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/10/19) | ブログのトップへ | 後記事(2008/10/21) >> |